hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

「象徴天皇の実像 『昭和天皇拝謁記を読む』」を読む

本日の話題はちょっとセンシティブ(かもしれない)な話題。「象徴天皇の実像 『昭和天皇拝謁記を読む』」という本を読んだ。

 

 

私も昭和生まれであるから、昭和天皇のことはテレビなどで見たことはあるけれど、はっきりと意識したのは体調を崩された後のことだ。テレビには常に病状がテロップされ、崩御されてからもバラエティーを中心に自粛ムードが続いた。

 

正直な話、当時子供だった当方としては、昭和天皇がどれほどの重要人物かなど知りもしないので、見ていた番組がほとんど中止となり嘆き恨めしく思ったものだ。当時はインターネットもなく、テレビ全盛期の時代だ(ちなみに私の野球嫌いも延長で番組が飛ばされることに起因している)。

 

大人になってからも皇室に特に思うところはないが、太平洋戦争が日本を存亡の危機に立たせたのは間違いなく、当時の最高責任者たる昭和天皇が戦前、戦後でどのように思っていたのか、という点には興味があった。

 

いままでも漏れ伝わっていたが、今回の「昭和天皇拝謁記」はなかなかにすごい。良くも悪くも人間としての昭和天皇がさらけ出されている。面倒な母親、子供への継承、あわよくば座を奪おうとする兄弟。一般家庭とは言わないが名家や創業者一族などであれば一般市民でもありそうな悩みで、天皇と言えど人間には違いない、という面が垣間見える。

 

予想外だったのは戦前、戦後での昭和天皇の変わらなさだ。

 

戦前は絶対的権力者として戦後は象徴としてその役割を担っていたわけだけれど、どうも昭和天皇にその意識が感じられない。戦前も戦後も「国王」として発言し振舞っているように見える。

 

日本における天皇の役割はトロフィー的なものに過ぎず、だからこそ源頼朝徳川家康といった人物が天下を取っても天皇の地位を奪うことはなかった、と説明されるけれど実際そうなのだろう。戦前にあっても天皇の役割は決定された政策に対しせいぜい意向を伝えるだけで実務は軍部や政治家の側に任されていたように見える。

 

そういう意味で昭和天皇は「軍部が勝手に独走し、内閣はそれを放置した」とは感じるものの「自らの決断が間違っていた」とは思いはしない。そして、太平洋戦争への責任も「国王としての役割を果たす」ことが主軸となる。

 

本書では他にもいろいろ面白い話が載っている。

  • 昭和天皇は日本も独立を回復するなら再軍備も当然であり(現代の日本以外ではこれが普通の考えだと思うけれど)、アメリカの軍事力で国防を行う以上、国土の一部を貸し出すは致し方ないと考えていた。
  • 昭和天皇は韓国までは良かったが満州まで拡大したのが間違いの元だと思っおり決して非戦論者ではなかった。
  • 昭和天皇敗戦処理について寛大な措置を取ったアメリカに感謝し、不可侵条約をないがしろにしたロシアに怒っていた。それにも関わらず国内には親ロシアを標榜する共産主義者が増えていることを懸念していた。(今から見れば昭和天皇の捉え方が正しく当時の知識人たちが間違っていたと言わざるをえない)
  • 南京事件について当時から薄々聞いていたが、後になって詳細を知り、本当にひどいことが行われた、皆反省して繰り返さないようにしなければ、と述べている。(現代の右翼による「南京虐殺は嘘」という発言を聞いたら嘆きそうである。まぁ、そもそも当時から右翼のことをあまり良く思ってない節があるけれども)
  • 昭和天皇は始祖だからと「平和の神」であるアマテラスに先勝祈願したのが間違いだった、「戦争の神」タカミムスビに祈りを捧げなかったから神罰を受けたのだと述べていた。(昭和天皇神道べったりの人ではなかったようなので、ある種の愚痴だと思われる)
  • 昭和天皇キリスト教を良いものだと感じており、国民全体がキリスト教に改宗するなら天皇キリスト教に改宗してよいと思っていた。(まじか)
  • 皇后など女性皇族の活動には生理の問題があり難しい面がある。単に「血のケガレ」を嫌うという伝統的な問題だけでなく、生理や妊娠などで行事の実施日程に制限が生まれるだけでなくプライベートな事情が公になってしまう面もある。(女性天皇を認めればいい、というだけでは済まない面もあることがわかる)

 

評価はいろいろだろうが、教義や感情に動かされることなく、賢く冷静に世の中を見ている人物という印象を持つ。そういう人物だからこそ、激動の時代にあっても皇室を絶えさせることなくうまく乗り切ることができたのだろう。