2024年を振り返ったとき、どんな年だったかと考えると、子供のための1年だったなと思う。上の子はもうすぐ3歳になろうというのになぜ、というところもあろうが、子供が一人から二人になったことが大きい。一人と二人でここまで生活が変わるとは思っていなかった。
ひとりしか子供がいない間は、片親が見ている間もう片親は程度自由な時間を確保することができていたが、二人になると夫婦そろって対応に当たらざるを得ない。
今年は大規模システムのリリースもあり仕事が忙しかったため、本当にプライベートな時間が持てなかった。下の子がハイハイを始めてからは、常に様子を見ていなければならず、日課にしていた1時間程度の散歩すらままならない。最近では、ちょっとした買い物や散髪といった日常のことすら難しくなってしまった(見ていないとすぐに紙など落ちてるものを拾い食いしたり、家具の角に頭をぶつけたりする)。子育ては大変だとは言うものの、ここまで大変だと思っていなかった。このブログも朝の子供が起きるまでの隙間時間で書いている。
しかし、人間の子供というのは何もできない。何もできないだけならともかく余計なことしかしない。隙間があれば入っていく。手の届く場所に置いてあるものは片っ端から落として歩く。落ちているものはとりあえず口に入れる。人間という生物は、よくこれで生き残ってこれたもんだ。自然の中で産まれたらすぐに死んでしまうのではないか。
子供が産まれるまでは、ふたごの転落事故や2歳児の用水路転落事故のニュースを見ても親の管理がしっかりしてなかったんだろう、くらいにしか思っていなかったが、今はそうは思わない。やつらは好奇心の塊であり、そこにどんな危険が待ち構えていようとも容赦なく突っ込んでいく。2歳児程度でも運動能力は高く、数メートルくらいなら一瞬で移動してくる。ちょっと目を離したすきに玄関や窓の隙間から出ていくくらい造作もないことだ。
そんな彼らだが、かわいくないのかと言われれば、まったくそんなことはなく、かわいい以外の何物でもない。正直な話をすれば産まれてすぐは実感もなかったし、新生児のうちはろくに反応もしない(目もろくに見えてないし、笑いもしない)ので、これだったら猫の方がかわいいと言えなくもないと思っていたが、反応を示すようになるとまったく変わってくる。
まったく何もできなかったのが、日々少しづつできることが増えてくる。そして、笑ったり泣いたり話したり、すこしづつコミュニケーションがとれるようになってきた。子供などしょせんは他者に過ぎないのだが、それでも不思議と未来の人生そのもののように思えてくる。
自分の人生は折り返し地点をすぎ、これから何をよすがに生きていこうかと考えていたが、子供はそれに十分値すると思えてきたのが今年の一番の収穫。