hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

「会社を立て直す仕事」に見るV字回復の秘密

一介のサラリーマンにとって「経営」というのは神秘に満ちたキーワードだ。なんといっても、どうすればうまくいくのかまったくわからない。優れた経営者の多くは、しばしば神格化され、彼らのどういう資質が会社の成功をもたらしたのかは才能というベールの向こう側にある。

以前紹介した「なぜビジネス書は間違うのか」によれば、多くのビジネス書に書かれる経営者の資質というものはハロー(後光)効果によりかさ上げされ、実際にはほとんど説明することができないようだ。

ジョブズ孫正義といった伝説的なカリスマは天才的すぎてその手法を一般化するのは難しい。それだけではなく、うまく時代に乗ったという強運によるところもある。なかなか普遍性のある教訓を見出すのは難しい。

それに対し、今回紹介する「会社を立て直す仕事」は、ビジネス自体が衰退期に差し掛かり、放っておけば遠からず潰れてしまうであろう企業の再建を果たした著者が、その手法について解説するというなかなかに稀有な本となっている。

 著者は、MSXや月刊ASCIIなど日本のパソコン黎明期を支えた アスキー(現在は、KADOKAWAに吸収)や、繊維や化粧品で有名なカネボウ(現在は、化粧品事業を分離しトリニティ・インベストメントに事業継承)に再建のため代表取締役として投資ファンドから送り込まれた人物。

著者自身が述べるように、カリスマ経営の成功は個別要因が強すぎてなかなかに一般性を持つ方法論を見出すのは難しい。しかし、衰退しつつある企業に外様の経営者という組み合わせなら、その手法の有効性は比較的明確だろう。

本書に書かれている内容はいずれも実践的であるが、その中には理屈から考えても正しいように思われる部分も多い。 個人的にどこかで使えそうだと思った部分を抜き出したのが以下の部分だ。いずれも、再建というキーワードを超えビジネス一般に有効な考え方ではないかと思う。

再建は通常「コスト削減による収益改善」によって成される

これは考えてみれば当たり前のことだ。再建が必要な会社というのは、概ね企業内部の問題ではなく、外部のビジネス環境の変化の影響を受けうまく行かなくなった状況が多いだろう。外部すなわち売上は下がることはあっても上がることは考えにくい。コストを削減することで収益を改善する以外の選択肢はあまりない。

もちろん、新しいビジネスを創造することで生き残るという道も考えることはできる。しかし、イノベーションの常識から言って儲かるビジネスを産み出すのはそもそも難しい。それだけでなく、育つにも時間がかかる(例えば、Cookpad は上場まで12年かかっている)。衰退するまでの間に新たなビジネスの目が育っているならともかく、すでに衰退した状況から始めるのでは遅すぎる。

「コスト削減=人員削減」ではない

会社の再建というと一番最初に思いつくのは人員整理だ。しかし、著者はコスト減少のために人員整理をせず、企業体質の改善によって対応している。この本の中では述べられていないが「事実に基づいた経営」など経営学での研究によれば人員整理は会社の利益率を下げることが知られている。また、人員整理は優秀な社員の流出をもたらし、社内の志気を下げることになる。人員削減は原材料を間引きするのと同様に商品の品質を下げる行為に他ならない。再建どころか現状維持すら危うくなるかもしれない。

通常、企業は利益率が低くともビジネスを拡大し売上を増やすことは(損ではないので)良いことであると考える。しかし、ビジネスが縮小している状況ではそうではない。コスト削減したければ、単に利益率が低い仕事をやめるだけでいい。利益が増えれば、業務改善を行う人員や余裕を確保することができるし、会社の将来への不安も減り追加の融資も受けやすくなる。

再建は1~2年で達成する

1~2年という超短期で再建を達成できたからこそ大成功と考えがちだが、著者はそうではないと言う。再建は1~2年で成果を出さなければ達成できない。社員や銀行といった関係者が諦めることなく前向きに突き進むためには早期に「成功する」ということを印象づけなければならない。ビジネスの変更といった長期的な改善はたとえそれがいつの日かは利益に結びつくのだとしても、実現するところまで辿り着かない可能性の方が大きい。

前節で述べたように、利益が改善するとそれ以外の問題も解決する。成果は短期で出すことに注力する必要がある。

コスト削減はインパクトの大きいところから

小さいコストをいくら削ったところで影響は微々たるものだ。日本企業は(休憩中に電気を消すといった)小さな改善が大好きだが、著者の言うとおり会社のコスト体質をきちんと見極め一番効果が大きいところに注力するところが必要だろう。

会計制度にだって重要性の原則があるのに、細かい所にこだわりすぎるのはよいこととは言えないだろう。

見える化、情報共有に注力する

典型的な不振企業の傾向として、組織の各部門がばらばらで連携できていなかったり、問題が提起されても解決のプロセスが明確にならないことに触れられている。著者は、PDCAやガバナンス、危機感といったコンサル用語で説明しているのだが、個人的にはピンとこなかった。実際のところ、有効だったのはそれに付随する「見える化」や「情報共有」という行為そのものだったように見受けられる。

結局のところ、実際は危機的なのに危機感を持っていないのは、自分のやっているビジネスの現状について損益を正しく認識できていないからに他ならない。自分の仕事が儲かっていないということがきちんとフィードバックされれば人々は行動を変えることができる。しかも、本書の例のように末端の損益だけでなく、上から下まで全員が現状を理解すれば調整もスムーズになる。

システム開発でも、プロジェクト・マネージャーと現場の危機感に乖離が起こることはよくある。本書では中間管理職も経営会議に参加させるという方法が取られていたが、会議の様子をビデオでとって社員全体に共有するだけでもずいぶん違うのではと思う。

一方で、製品事業の収益責任を明確にすることは個人的にはあまり重要ではないのではと思う。プロジェクト運営でもそうなのだが、担当範囲を明確にすることが重要であって、責任はある意味どうでもいい。むしろ責任を持たせることで協力関係が崩れることも多々あるように思う。

説明責任の重視

これは再建そのものにどれだけ影響があったのかよくわからなかったが、説明責任を重視するというのはたしかに良い考えかもしれない。日本ではしばしば結果責任ばかりが重視されて説明責任が重視されない。著者がいうようにまかせたけれど失敗したのでクビでは誰にもメリットがない。きちんと説明し、上司に判断する材料を提供し、問題を逐次解決する方がよほど有意義だろう。

2017/7/11 追記

社内勉強会に流用するために作ったスライドを公開しました。