hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

良い管理職の条件

最近、経営系の本から派生して、管理職に関する本をいくつか読んだのでその話を書こうと思う。

管理職とひとことで言っても切り口は多様にあり、一冊で総覧的に読める本には今のところ出会っていない。一方で、「リーダー」とひとこと書かれていても、経営者、中間管理職、プロジェクト・マネージャー、マーケット・リーダーなどその本で主眼が置かれている役割が異なる場合も多く、文脈を考慮しないと間違った解釈をしてしまう場合もあるように思う。そのため、ここで書かれる話は私なりに大胆に解釈した内容を含んでおり、必ずしも学術的な根拠がないかもしれないことに注意してほしい。

なお、このエントリで参考にした文献は以下の通り。

まず、前述のとおり管理職という用語は曖昧なので、どういう観点にフォーカスを当てるか考える必要がある。最初は、経営者、課長以上経営者未満、課長の三つくらいで分けて考えるのが良いのではと思ったが、むしろワーク・ライフ・バランス(WLB)管理職に関する調査の概要と提言に書かれているような

  • 業務マネジメント
  • 部下マネジメント

という切り口で語るのが適当であろうと思うようになった。経営者に近くなればなるほど業務マネジメントの比重が高まり、課長やチームリーダーなど下層にいくほど部下マネジメントの比重が高まると考えれば、組織のマネジメントもプロジェクト・マネージャーもプロダクト・マネージャーも同じ軸で語れる。

ただ、この2分類の捉え方は日本と欧米では違うところがあるようだ。 Rebuild.fm を聞いたりや ワーク・ルールズ!を読む限り、欧米では、この業務マネジメントと部下マネジメントを分離する志向が強いように感じられる。これは「日本の雇用と労働法 (日経文庫)」にあるように、日本的な「職務の定めのないメンバーシップ型」と欧米型の「職務の定めのあるジョブ型」の違いが要因となっているのかもしれない。

日本ではどうしても給与を上げたければ部下マネジメントは必須であるとする傾向が強い。一方で欧米では、例えば管理職とエンジニア職は異なる職種であり、組織階層上の上下関係はあっても、権限、賃金という意味での上下関係はあまり強くないようだ(ただし、管理職とエンジニア職それぞれの職務としての賃金水準の違いや、エンジニア職内での上下関係はある)。Google 社に至ってはそれがさらに徹底される。

グーグルではリーダーシップと肩書きは一致していませんでした。私は最高の業績をあげている部下にリーダーシップを発揮する機会を与え、肩書きの権威なしでリーダーシップを発揮する技術を学べるよう援助したものです(中略)私たちは、肩書き以外でヒエラルキーを表したり強化したりするものも排除した。つまりグーグルでは、再上級幹部であっても新入社員と同じ便益、特典、資源しか受け取らないということだ。

上述の文献を読む限りでは、「部下マネジメント」の文脈において、少なくとも、優秀な末端社員(例えば、優れたプログラマ、優れた営業マン)は、管理職に引き上げるのではなく、管理職と同等(あるいはそれ以上)の給与を持って遇する方が望ましいようだ。これは逆の面からも裏付けられる。Google の人事トップが「良いマネージャーとは何か」を調査した Project Oxygen の結果(Work Rules! から何が学べるか - A.R.N [日記]参照)でも「チームに助言できるだけの重要な技術スキルを持っていること」は、良いリーダーの条件ではあるが、一番重要ではない条件として挙げられている。 

ようは良い「部下マネジメント」を行う上で優れた業務スキルはさほど重要ではないということだ。社員が退社する最大の理由は、給与や仕事のミスマッチなどよりも上司との関係であるというデータもあるようで、良い「部下マネジメント」の実現は会社にとっても重要な要素であるわけだから、不適切な人員配置は大きな損失に繋がってしまう。

では、良い「部下マネジメント」において重要なこととは何か。

それは、マイクロ・マネジメントをやめ、インセンティブ(外的報酬)とモチベーション(内的報酬)に働きかける、ということだ。「モチベーション3.0」では、インセンティブよりもモチベーションの方が重要であるとするものもあるが、インセンティブは金銭的なものに限らず「良いことをした場合には誉める」といったものもあるので、必ずしもどちらがより重要とは言えないように思える。

ただし、インセンティブ(外的報酬)が重視されすぎているのは事実で、例えば「幸福の経済学」では概ね年収800万~1200万で所得から得られる幸福は頭打ちになるとされている。また、金銭や肩書きによって得られた幸福は短期間しか持続しないこともわかっている。経営学でも経営者への高額報酬とその成績にはなんら関連性がないことはよく知られている(このことは教科書的な経済学を使っても限界効用逓減や余暇と消費の選択モデルからも導き出せる話のように思える)。

ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」では、金銭を与えるということではなく「部下が自分の成果に対して『きちんと評価されている』と満足できることで、そのさらなる行動・成果を促す」ことが重要であると書かれている。以前、「褒めるべきか叱るべきか、それが問題だ。 - hidekatsu-izuno 日々の記録」でも書いたように「行動を促す」ことが重要であり、金銭や役職、誉める/叱るといったことはそのための手段に過ぎないと考えるべきなのだろう。

一方のモチベーション(内的報酬)という面では、「優れたリーダーに学歴は関係ない。Googleが自社社員をデータ分析して得られた意外な知見 | ライフハッカー[日本版]」の記事のように「自主性を重んじる」ことが重要とされており、「部下の自主性をサポートする」のが良い上司であるとされている。同様の指摘は複数の文献に記載されているが、(単純な作業労働ではない)クリエイティブな職種においては特に重要とされている(私がいるシステム開発業界の場合、クリエイティブな職種と呼んでいいのかどうかがむしろ問題かもしれないけれども……)。

また、学術的な理屈はよくわからないが、実務よりの文献の多くで、部下と高い頻度で直接コミニケーションを取る(例えば半期に一回面談を行うなど)ことが非常に有効であると指摘されている。例えば、先日亡くなった岩田聡(元任天堂社長)氏は社長になった後も末端の開発者含め多くの社員と何度も直接ヒアリングしていたそうだ(曰く、「あれはメリットしかない」)。「HARD THINGS」でも、著者が当時の部下に対し「今すぐ部下と面談しないなら、お前はクビだ」と怒鳴りつけるという場面が出てくる。もしかすると、状況把握や仕事の方向性をつかむ最善の方法なのかもしれない。

一方の業務マネジメントであるが、これについて書かれている文献はいずれも同じことしか書かれていないように思える。

それは意外にも「自信満々のように行動し、優れたビジョンを語る」ことだ。一見、具体性のない空虚な話のように思えるが、これこそが決定的に重要だと考えられている。事実、「CEOが優れたビジョンを持っている企業ほど、事後的な成長率が高くなる」という結果が多くの研究で得られているそうだ。

まず「自信満々のように行動し」という部分だが、しょせんひとりの人間ができることなど限られているので物事を成し遂げるには周りの人々の協力が必要となる。そのためには事実であろうとなかろうと「彼は組織や業績をコントロールしている」とみなされる必要がある。影響力がないように見える人には誰も協力などしないというわけだ。

そして「優れたビジョンを語る」という部分では、実際に実現できるかどうかわからなくとも、自信を持って未来を語れば、それを部下はきっと実現できるに違いないと勘違いし努力を重ね、結果として夢のような未来が実現してしまう、という面があるようだ。ソフトバンク孫正義氏などまさにその典型だろう。このことは、「高い企業価値は新奇性の高さが決める」という経営学の結論とも整合的であるように思える。

ただ、この「啓蒙」型リーダーシップは、「不確実性の高い事業環境」では有効に働くものの、「事業環境が安定している」場合にはむしろマイナスに働くとのことなので、足元の事業環境を正しく見極める必要はあるようだ。「HARD THINGS」でも述べられていたように、有事のリーダーと平穏期のリーダーでは異なる能力が求められているということだろうか。

なかなか現実には日々の業務に追われ、良い管理職あるいは良いリーダーシップにはなかなか思いが至らないが、皆、人生の多くの時間を職場で過ごすのであるから、健全で生産的な職場環境を大切にしたいものだ。

2016/3/29 追記

前述の本では出てこなかった「一貫性」というトピックに最近フォーカスが当たっているようだ。

たしかに上司が気まぐれだとどう振る舞えばよいかよくわからない。プロジェクトにおいて見通しを示すことが重要であるように、管理職の振る舞い自体にも見通しを求められているのかもしれない。