hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

「こうして世界は誤解する」に見る受け止めきれない世界の複雑さ

今回紹介するのは「こうして世界は誤解する」という中東特派員の書いた本だ。たまたま Twitter で目にした本だったのだけど読んでよかった。

911以降、断片的に耳に入っている中東情勢には正直あまり興味はなかった。あまりにも知らなすぎるのでイスラム教の解説本を開いたこともあったが、ふーんという感想以上のものはなかった。ドラマ「ホームランド」はすごく面白かったが、キャリー・マティスンの狂いっぷりと騙し騙される見事な脚本が面白かっただけで、あれを見て中東諸国の現実がわかったという感覚はまったく持たなかった。

あまりにも縁遠いのだ。

タイトルだけ見ると中東の現実を知るものから見る欧米ジャーナリズム批判の書であるように思うかもしれない。そういう側面も確かにある。だが、この本で語られるのは「世界の複雑さ」そのものだ。

欧米が善で中東が悪であるという勧善懲悪的な見方はもちろん間違っている。しかし、どちらも善、どちらも悪、あるいはどちらにも言い分がある、という単純な図式も成立しない。そのことをこの本は説明してくれる。

まず彼は「独裁国家は民主主義国家とはまったく違う」と説明する。日本人を含め民主主義国家においては、国があり国民があり、その統制の元に軍隊がいる。しかし独裁国家においては違う。軍隊が国を所有しており、政府は国民の代表ではない。国家元首は国民の総意を得る必要はない一方、寝首をかかれないよう政敵を物理的に排除しなければならない。

ジャーナリズムの基本は取材だ。しかし、このような国において取材は意味をなさない。行くことのできる場所は制限され、人々も本音を言うことが禁止されているからだ。市民の半分は党の人間や秘密警察であり、外国人と何気ない会話しただけで密告される。

このような国における役人や警察はヤクザよりも質が悪い。Black Lives Matter 運動において黒人にとって警察はいない方がましな存在であるということがさかんに叫ばれたが、ここでも同様だ。自動車が盗まれたので警察に届けたら、警察署長がその車に乗っており、苦情を言ったら別件逮捕をちらつかせた、という話が出てくるが、そういう世界なのだ。コネと賄賂ですべてが決まっている。

賄賂で資格を得たやぶ医者に手術をお願いするのに賄賂をはずむ必要があるなど、もはやブラックジョークにしか聞こえないだろう。

彼は言う。「独裁国家においては真実を手に入れることは不可能である」と。欧米のジャーナリズムが一方的に誤解を蔓延させているわけではない。単に知らないでは報道にならないのでわかりやすくお膳立てされた脚本を流しているだけだ。なにせ誰も真実を知らないのだ。市民は情報を制限されているし正直に話すこともできない。情報を持っている政府の高官もまた政権のスポークスマンに過ぎない。

我々の国は、曲がりなりにも国民のための政府であることが前提となっている。しかしこれらの国ではそもそも国民と政府は一体ですらない。政権があった方がいいのか、崩壊してイスラム国の支配下にあった方がいいのか。多くの人々にとっては、国や政府は日々の暮らしを邪魔する存在でしかない可能性すらある。

複雑なことを鋭いメスでスパッとわかりやすく説明することが良しとされる昨今、この本は世界は複雑で混沌としているということを正直に告白してくれている。

こういう本を読むと、まともな国に生まれて本当に良かったと思う。何が正しくて、何が間違っているのか、そんなことを考えることすら許されない社会を通じて、現代に安心を覚える。

(統計不正とか結構な問題なので、本当はそれじゃまずいのかもしれないけどね)