hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

もうひとつの経営者の形を示す岩田聡という存在

「岩田さん: 岩田聡はこんなことを話していた。」という本を読んだ。

前々からMOTHER2立て直しの逸話など聞いたこともあり興味があったのだけど、岩田聡さん本人が書いた本でないことから手を出さずにいた。しかし、ちょっと後悔。これは革新的な経営者像を示したと言ってもよいのでは。

史上最も優れた経営者としてはスティーブ・ジョブズがよく挙げられる。「日本にはなぜジョブズが生まれないのか」という発言をよく聞くが全くそんなことはなく、ファミコンを生み出した山内溥任天堂社長は匹敵する人物と言っていいと思う。

岩田聡さんも山内溥さんほどではないにしろ、PSとサターンによる次世代ゲーム機戦争以後、陰りを見せ始めていた任天堂ニンテンドーDSWiiで復活させ、Switch という大ヒットゲーム機の誕生に繋げた名経営者だ。

スティーブ・ジョブズは革新的な経営者であったが、その一方で人間的にはかなり問題のある人物としても知られている。このことは、名経営者たるもの異常者たれ、という神話にも繋がっている。テスラのイーロン・マスクなどもその典型例だけれど、異常者でなければ革新など起こせないのではないかという気になってしまう。実際問題、テスラの大躍進はマスクのキチガイっぷりを抜きには説明できない。

とはいえ、このことは普通の人には良い経営はできない、あるいは、無能な経営者が自身の異常性を有能さの表れと勘違いしてしまう、という副作用にも繋がる。そのような異常性は他の人にはまねができないし、必ずしもまねすべきものでもないと思う(毎日同じような黒い服を着たからといってジョブズと同じ結果をもたらせるとは思えない)。

その点、この本で語られる岩田聡さんの有能さは地に足がついている。天才プログラマとしての岩田さんの能力はまねできなくとも、ひとつひとつのプラクティスはまねができるし、経験からも実際に有効なものだと思える。このことは人格者でも有能な経営者になれるというモデルケースを示しているようにも思うし、むしろ大きい組織を運営するという意味ではこちらの方が適切かもしれない。

この本で語られた岩田聡さんのプラクティスや心構えを備忘も兼ねて書いておく。いずれも個人的には納得の内容ばかりだ。

  • 自分がやるかは「好きか嫌いか」ではなくて「自分でやるのが合理的か」で判断する
    • もし自分より社長に適性のある人がいたら、いつでもかわりたい
    • 合理的だと判断されたら、英語のスピーチだってやる
  • 借金を背負ったときに高圧的な態度に出られる銀行ほど、その後、早く名前が変わった
  • 経営危機に陥った会社では社員は不信の塊になる。最初にやったのは一カ月くらいかけて全社員と話すこと
    • 思いがけない意見が出てくる
    • 1対1でなければ出てこない意見がある
    • 人は「全員違うし、どんどん変わる」。変わっていくことを理解しないリーダーの下では人は働きたがらない
    • 不満を持っている相手とは、不満をまず聞かないとこちらの言うことは耳に入らない
    • 人が相手の言うことを受け入れてみようと思うかの判断は「相手が自分の得になるからそう言っているか」、「相手がこころからそれをいいと思ってそう言っているか」のどちらかに感じられるとき
    • 「こういう材料がそろっていたら、君ならどう考える?」ということを確認し、同じ価値観が共有できていれば、お互いが幸せ。
    • 相手がすっきりするまで面談する
    • 面談では相手をほぐしてその人の本性を引き出して評価する。「ほぐれてないから話せない」という人の社交性や力を評価する人は可能性の一部しか見ていない。
    • 面談では相手の答えやすい話から始める。答えられないかもしれない質問を聞いても仕方がない
  • 判断とは「情報を集めて分析し、優先度をつけること」
    • やったほうがいいことのほうが、実際にやれることより絶対に多い。だから、やったほうがいいことを全部やると、みんな倒れる
    • 経営とは得意なことを自覚し、何を優先するのかはっきりさせること
    • 自分たちがすごく苦労したと思っていないのに評価されていることは得意なこと、そうじゃないことは向いていないこと
    • 苦しそうなことは、ほんとうはやめたほうがいいが、みんながそれを言い始めたら社会生活が破綻する。苦手だろうがなんだろうが最低限やらなきゃいけない「最低限のこと」をなるべく小さくするのが経営者の役割
    • 必要ならば無理難題も辞さないが、無理難題ばかりではだめ。メリハリをつける
    • Appleでよいことが常に任天堂にとってよいかはわからない。それは優先順位が違うから
    • 仕様を決めるとき本当に大事なことは「何を足すか」ではなく、「何をやらないと決めるか」
  • ボトルネックを直さないと意味がない
    • ボトルネックが全体を決めてしまう。
    • 人はとにかく手を動かして安心しがち。
  • 成功を体験した集団を現状否定して改革すべきではない
    • 成功を体験した集団は変化を恐怖する
    • 現状否定は善意と誠実な熱意を否定すること。理解や共感は得られない
    • 環境が変わったのに自分たちが変わらなかったら縮小していくしかないということを納得してもらう
    • 任天堂の場合、「いい意味で人を驚かすこと」を目指した
    • 暴論から始まる議論も無駄ではない
  • プロジェクトがうまくいくのは、理想的なリーダーが先を読んできれいに作業を割り振った時ではなく、最初の計画では決まってなかったことを「これ、やっておきましょうか」と自発的に処理してくれるとき。
    • そういう現象が起きないときはたとえ完成しても不協和音のようなものを感じる
    • 目標を定めるのが大切。社長が一度言っただけで全員が腑に落ちることはない。何度も何度も繰り返ししつこく説明して未来のイメージが共有できるようにする
    • 制度や仕組みに名前を付ける
  • 自分以外の人に敬意を持つ
    • 社長だからといって絵は描けないし作曲できない
    • 人はひとりひとり違うから価値があるし、存在する価値がある
    • クリエイションはエゴの表現。エゴの表現をしあっている人たちが、なにもしないで考えを一致させるはずがない。
    • 無駄な方向に消費されていくエネルギーを向きをそろえることで有効な力に変える
  • 正しいことより人がよろこんでくれること
    • 正しいことは扱いが難しい。正しいことを言う人はいっぱいいて、衝突する。
    • コミュニケーションが成立しているときは、どちらかが相手の理解と共感を得るために上手に妥協をしているはず
  • 才能とは「ご褒美を見つけられる能力」
    • 本質的なおもしろさとは別の次元で、続くゲームと続かないゲームがある。労力に見合うご褒美がある場合にはやめない
    • 天才とは「人が嫌がるかもしれないこと、人が疲れて続けられないことを延々と続けられる人」
  • プログラマは軽々しくNoと言ってはならない
    • 本当にできないことはNoと言わなければならないが、「できるけど、これが犠牲になる」「できるけど、両立はできない」などきちんと理解を合わせていく
    • 「できません」と言われたら「どういう仕組みになっているの?」と聞く
  • イデアとは複数の問題を一気に解決するもの
  • 会議にはファシリテーターが重要
  • 怒る必要はないが、本質的にはなにも解決していないのに自分だけはそつなくやってますという態度には厳しく対応する。