hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

「戦略の要諦」は、むしろPM/PdMの必読書かも

リチャード・P・ルメルト「戦略の要諦」という本を読んだ。書名の通り、戦略について書かれた本ではあるのだけれど、経営者よりもむしろPMやPdMにとって有用なリーダー論になっているのが面白い。あまりに面白かったので前著の「良い戦略、悪い戦略」まで読んでしまった(前著も素晴らしいが、「戦略の要諦」の方がより洗練されているので先に読んだ方が良いと思う)。

 

以前「管理職の条件」というエントリで所謂「リーダー」には業務マネジメントと部下マネジメントという2つの異なる概念があることを書いた。その切り口で語るならば、この本では業務マネジメントにおける「戦略」の重要性が書かれている。

私はPM/PdMが本業ではない(たまにはやる)けれども、システム開発の業界に20年以上いて、数億~十数億円規模の大規模開発案件のアーキテクトをそれなりの数、経験してきた。その経験の中で優れたPMとはどんな人なのだろうか、ということは長く考えてきた。

大規模プロジェクトというのは本当に魔物ですんなりうまく行くなんてことはめったにない。表面上は成功案件であっても、実際には紆余曲折の結果なんとか形になったものばかりだ。にも関わらず、大規模なプロジェクトというのは一度関わると最低2年は拘束されるため、多くの経験を積むということが難しい。(これは経営者も同じだろう。人生で大きな会社を何社も経営する人は多くない)

 

この「戦略の要諦」では、考えてみれば当たり前のことが堂々と書かれていて本当にはっとさせられた。それは、「ミッションやパーパス、ビジョンのような願望や理想は何の役にも立たない。何が課題なのかをしっかり見極め、権力を振るって解決せよ」ということだ。

以前、ちょっとだけ会社のビジョン的なものを考える取り組みに参加させてもらったことがあり、その際に大企業の掲げるミッションやビジョンを調べたことがある。驚くのは、その内容の薄さだ。だいたいが、業界トップになる、とか、社会や環境との調和や貢献といったもので、もし同じ内容を同業他社が掲げていたとしても判別できないようなものばかりだった。(ユニークだったのは、Google の「世界中の情報を整理し、普遍的にアクセス可能で有用なものにすること」くらいだろうか)

私は必ずしも会社の方向を指し示しデフォルトの動作を社員に伝えるという意味でミッションなどに意味がないわけではないと思うけれども、この本で書かれている通り「役員の誰も覚えていなかった」という結果になるのもわからなくはない。特に規模が大きくなり、多種多様な子会社を抱えるグループ企業になれば、何をミッションに掲げればいいのかすらわからなくなるだろう。

 

ルメルトは「戦略」をこのように定義する。

戦略とは、組織の命運を決するような重大かつ困難な課題を解決するために設計された方針と行動計画の組み合わせを意味する

そして、このように述べる。

戦略とは単に目標を掲げることではない。問題解決の一種と捉えるべきである。したがって、いま何が問題なのかを理解せずに解決することはできない

しばしば、業務マネジメントのリーダーは、単にスケジュールと要員管理に堕してしまう傾向がある。私の経験上、プロジェクト管理の最も重要な役割はむしろ課題管理と解決にあると思っている。(このように言う人は少ないと思う。よく聞くのは「体制作り」の重要性。まぁ、有能な人を連れてくればプロジェクト成功するよねw 一方で、有能な人がいなければ失敗が確定するということになるが、それでいいのかという話でもある)

 

この著者のルメルトは元々、ジェット推進研究所でシステム設計エンジニアだったことも影響してか、記述がいちいち合理的に書かれており、飲み込みやすい。決して数字的なエビデンスが示されているわけではないのだけれど、その理由はこうで、こういう意味ではない、ということが書かれている。戦略についても、ルメルトの定義を曖昧に解釈し骨抜きにしようとする人に付けこむ隙間を与えない。

経営は意思決定者だとよく言われる。そして意思決定に関する理論が次々に開発されてきた……だが、経験豊富な経営者でなくとも、それはおかしいと気づくだろう。いったいその「選択肢」はどこから来たのか?

戦略を立てるとは、単に目標を掲げることでもなければ、決定を下すことでもない。

戦略は目標達成のための計画を立てることだと考える人は多い……だが会社にとって死活的に重要な課題あるいは機会は何かを分析も理解もせずに恣意的に目標が決められたとすれば、それは裏付けのない目標と言わなければならない。……今後一二カ月で利益を倍増するといった裏付けのない目標は、会社の現実からかけ離れていると言わなければならない。

「結果を出す」のは目標管理の一環であって、戦略ではない……目標管理の仕事、すなわち与えられた目標を達成することは、実行と呼ばれる。……成功は、よい戦略と実行の両方の結果である。どちらか一方が失敗すれば結果は出ないのであって、どちらも重要だ。どちらがより重要かという問題ではなく、戦略と実行は別だということである。

 

そして、この本が本当に優れてるな、と思ったのは権力に関する記述だ。

戦略は、リーダーが設計する方針あるいは方向性だ。上から”戦え”と命令しても効果がないと気付いたとき、戦略が始まる。リーダーは誰がどこでどう戦うか考え、方針を示す。近代的な企業における戦略の実行とは、放っておいたらやらないことをシステムの一部にやらせるために権力を行使することを意味する。

権力と言うと、自身の立場をわからせるために使われていることが多い。しかし、このような権力の行使は正当化されるだろう。たとえ、その結果としてリストラされる人や不利益を被る人がいたとしても、それがリーダーに求められている役割なのだから。(自分が不利益を被る側にいるとつらいが)

 

プロジェクト管理についてはスクウェア・エニックスの「ゲーム開発プロジェクトマネジメント講座」という資料がばつぐんに優れているけれども、その中の「調査・戦略」の具体的な方法論として位置づけ読むのもよいのではないかと思う。