hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

「引き寄せの法則」の歴史

先日紹介したルメルト「戦略の要諦」の前著「良い戦略、悪い戦略」の中にいわゆる「引き寄せの法則」の歴史について書かれていたので紹介したい。

長いが「引き寄せの法則」を好む人は多くおり、考えるきっかけになると思う。

ニューソート運動の創始者であるプレンティス・マルフォードは、一八八九年の著作『精神力』の中で次のように述べている。

 

「何らかの事業や発明のために計画を立てるとき、私たちはちょうど機械を作るときに鉄を扱うように、思考という見えない要素を扱っている。計画つまり思考は、練り上げられると同時に、また別の見えない要素、すなわち計画を実行し具体的な成果を出す能力を自ずと生み出す。私たちが失敗を恐れ不運を予感するときも、見えない思考を形作っているのであり、先ほどと同じ引き寄せの法則により、自ら失敗や不運を招く」

 

二〇世紀初めのニ〇年間ほどは、この種のマインド本の全盛期だった。おそらく最も影響力があったのは、ウォレス・ワトルズ『富を引き寄せる科学的法則』だろう。ワトルズは、どんな人にも神のようなパワーがあると考えていた。しかし宗教を連想させるようなものは巧みに排除して、魅力的な呪文の数々を書き連ねている。(中略)

クリスチャン・サイエンスの影響を受けて宗教科学運動を起こしたアーネスト・ホームズは、一九一九年の著作『クリエーティブ・マインドと成功』の中で、成功するためには失敗という観念を完全に排除しなければならないと説いた。(中略)

ニューソート運動は一九二〇年代前半にピークに達し、その後はさまざまな思考法に形を変えて、一九三〇年代にはモチベーションやポジティブ・シンキングが主流になる。一九三七年に書かれていまなお人気のナポレオン・ヒル『思考は現実化する』を筆頭に、ノーマン・V・ピール『積極的考え方の力』、クレメント・ストーン『心構えが奇跡を生む』、キャサリン・ポンダー『「宇宙の力」を使いこなす方法』、アンソニー・ロビンズ『一瞬で自分を変える法』、ディーパック・チョプラ『富と成功をもたらす7つの法則』……。最近では、ワトルズの信奉者であるロンダ・バーンがニ〇〇七年に書いた『ザ・シークレット』が大ヒットし、映画化もされている。とは言えバーンの「秘密」はマルフォードの「引き寄せの法則」とまったく同じで、要するに願ったことは叶うというのである。今日ではこうした考え方を、一世紀前に書かれた著作の焼き直しであるにも関わらず、「ニューエイジ」と呼ぶ。

言うまでもなく著者のルメルトはこのような考えを否定し、この思想を経営論や組織論に展開したピーター・センゲ『最強組織の法則』を例に的外れであると断言する。

センゲが強調する「共有ビジョン」の重要性は、企業経営者に多大な影響を与えた。「AT&T、フォード、アップルといった企業の成功は、共有ビジョンの存在なしには考えられない。(中略)こうした個人のビジョンが企業のあらゆるレベルで共有されることこそが重要なのだ。それによって何千人もの社員のエネルギーを集中させ、多様な人々の間に共通のアイデンティティを生み出すことができる」とセンゲは主張する。

この主張は多大な説得力を持っていたが、実際には的外れである。フォードやアップルの成功は卓越した能力と幸運の賜物であって、それをあらゆるレベルで共有されたビジョンに帰すのは、事実の歪曲と言わざるを得ない。

 

ルメルトの言い分はごもっともである、とは思う。ただ、引き寄せの法則がまったくの間違いかと言うとそうでもないな、とは感じる。

起業家は成功するまであきらめないことが必要で、様々なトラブルにくじけない心が必要なことは間違いない。まったくトラブルなくうまく行く起業家など存在しないであろうから、宝くじを買わなければ当たらない、と同じ理屈で信念は重要であるとは言えるかもしれない。もちろん、信念を持てば成功するわけでもないのだから、必要条件ではあっても十分条件ではない。

同様に、特に若手には「自分のやりたいことがあれば常にアピールしておくといいよ」と言うことがある。何かしらポジションが空いた場合に、そういえば彼がやりたいと言っていたな、という理由で話が回ってくることは実際多い。

 

とは言っても、それを拡大解釈して経営にまで広げるのは問題だろう。「共有ビジョン」は結果的にそう見えるだけ、という側面が強いように思う。なぜアップルやフォードが成功したのか、という結果から逆引きで何か共通項を見出したもののように思える。彼らが意図的に効果を狙って「共有ビジョン」を出したわけではないだろう。そもそも、前回のエントリでも触れたように複合的な事業体であれば意味のある「共有ビジョン」など出しようがない。

個人的にはビジョンは「デフォルトの行動指針」としては使えるのではないか、と考えているのでルメルトよりは前向きではある。が、成功の決定的要因ではないことに疑問の余地はない。