hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

「外来種は本当に悪者か?」から何を学ぶか

ずいぶん長いこと積ん読になっていたので「外来種は本当に悪者か?」を棚卸して読んでみたら、これが実に面白かった。先に注意事項を書いておくけれども、この本を読むと最近話題の外来種撃退系番組を心から楽しめなくなるかもしれない。

この本で語られるのは「外来種は悪者」という概念が実のところ根拠が薄く、本来、理性によって行わなければならない研究活動でさえ、「外来種は悪者」であるという信念から逃れられないという事実だ。通常この手の本では数個の批判を拡大して書かれることが多いが、(この本の良い点でもあり、退屈なところでもあるのだけど)あらゆる視点から徹底的に実例を挙げての批判が行われる。

  • 人間が持ち込んだ外来種のほとんどは定着しない
  • 外来種生物多様性を高めている
  • 外来種の急増は環境の変化の結果であり原因ではない
  • 外来種の中には長期間定着しているため土地のアイコンになっているものもある
  • 外来種と在来種は共存しており、取り除くと共倒れする在来種も多い

これらの批判を見て思うのは、そもそもなんで外来種が悪者だと思ったの? ということだろう。有体に言ってそのように考える理由の方が薄い。研究者自身が「外来種が悪者という前提にしないと論文の投稿先がないし、引用もされない」と語っているように、皆「外来種が悪者」であるという先入観が出発点になっているのだ。

このことから思い出されるのは、最近書いたベイズ統計学に関する論争だ。それ自体の正否はここでは置いておくけれども、似たような論争は過去多く行われてきた。

熱力学で有名なボルツマンは原子の実在性を巡り論敵からの批判に悩まされ最終的に自殺に追い込まれた。相対論、量子論、確率概念、頻度統計 vs ベイズ統計と従来の科学観を覆されたとき、科学者と言えどもその信念はなかなか変えられない。歴史を振り返れば、新しい科学観が出てきたとき、その批判者が最終的に意見が変えたケースは少なかったようだ。パラダイムシフトはその科学観が歴史的検証を経て、科学者の世代交代によって実現してきたと言える。

このことから学ぶべきことがあるとするならば、哲学や主義に対する柔軟性だろう。たとえその哲学や主義を受け入れられなかったとしても、その哲学や主義を受け入れたならば正しいと言えるのか、を冷静に考える余裕を持つべきということだろう。パラダイムがたびたび変化している事実がある以上、ひとつの信念に固執する立場は守旧派に堕するリスクを常に抱えている。(守旧派が存在するがゆえに理論が精緻化されていくと考えれば、学問にとっては必要悪とも言えるが)

本の紹介に戻ろう。この本で初めて知った面白い話題といえば、アマゾンの原生林がまったく「手付かずの自然」と呼べるものではないという部分だ。現在、原生林と呼ばれている地域は、何千年も前に存在した文明が放棄した耕作地が荒れ果てた結果で、地面を調べると盛土の跡や人骨が見つかるという。地上の生活可能な地域については、大昔から人間の手垢が付いており「手付かずの自然」などというものはほとんど残っていないそうだ。「ALWAYS 三丁目の夕日」同様、懐かしき昔の姿などというものはただの幻想に過ぎない。

本書の「はじめに」で書かれているけれども、自然の保護はあくまで「人間にとって必要」なのであって、自然の側からすれば余計なお世話に過ぎない。福島第二原発周辺を見れば明らかなように、人間が住まなければ勝手に自然は回復する。

この本の結論とは裏腹に、個人的には気が楽になった部分もある。しょせん自然の姿が人間様の願望に過ぎないならば、それを前提にどんどん改良してしまえばいい。カミツキガメはなぜ排除しなければならないのか。それは外来種だからではない、人間にとって危険で困るからだ。トキはなぜ保護しなければならないのか、それは珍しい鳥を人間が見たいから、でいいではないか。

興味の範囲外であったこの本を買うことになったきっかけは、最近終了してしまった「ぷらすと」にて動物行動学者の新宅広二さんが外来種駆除番組について問われ「外来種も生き物だし、外来種を駆除するというのはナチスユダヤ人を排除するきっかけにもなってていいことじゃないんだよね」と回答していたのを観たからだ。*1

ぷらすとの新宅さん回はいずれも面白いので、ぜひ合わせて見ることをオススメしたい。


新宅さんに聞く夏の動物事件簿【WOWOWぷらすと】


新宅さんに聞け!動物VS人間編【WOWOWぷらすと】


新宅さんに聞け! 草食動物のすべて!【WOWOWぷらすと】


新宅さんに聞け!探検と動物【WOWOWぷらすと】


新宅さんに聞け! 動物映画のエトセトラ【WOWOWぷらすと】


新宅さんに聞く「地球最後の動物」【WOWOWぷらすと】


パンダを語る。【ぷらすと×Paravi】


海外ドキュメンタリーチャンネルを語る/ぷらすと×アクトビラ #1355


2019年の動物を振り返る/ぷらすと×アクトビラ #1366

*1:ぷらすとが無くなったことで、いつも興味の対象外であった動物や音楽関係の情報源が無くなってしまったのが本当に残念だ。1回200円くらいだったら払ってもいいんだけど、どっかやってくれないものか。