hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

ベイズ会計とはなにか

ベイズ会計と書くと、また新しい会計管理の手法かと思われるがそうではない。より正しく書くならば、会計制度のベイズ的基礎付け、と言うべきものである。もともと会計制度は商慣行から歴史的な経過を経て発展してきたものであるが、現在では会計学という学問により首尾一貫した理論的体系で分析され、その結果が反映されている。ベイズ会計も同様に、既存の会計制度をベイズ的な思考法に基づき整理することで、制度に選択肢がある場合、どの制度がより合理的であるかを分析するためのツールとしての利用が想定されている。

まず、ここでのベイズ的な思考法の定義をしておこう。ベイズ的とは、まず、すでに得られた経験や慣習を元に事前確率分布を設定し、その分布を実際に得られたデータで更新するという作業を繰り返すことで、真の確率分布に近づけていくという考え方である。

さて、これを会計に適用することを考える。会計において求めたい真の確率分布とは会計的事実に他ならない。会計的事実とは、費用は発生主義、収益は実現主義で認識し、費用収益対応の原則に基づいて計上される事実である。具体的に示そう。ある商品を販売し商品を手渡した、そして入金は月末日であるとする。この時、商品を手渡した時点で売上と売掛金が発生し、月末日に売掛金が現金で相殺されることなる。これをベイズ的な思考法でとらえるならば、受注時点をt=0とする「商品を手渡した時点で、金利を考慮しなくてもよいくらい直近に確実に支払いが行われる」という事前分布が経験的におかれているので、その時点で売上を計上して良い、と解釈できる。もし、将来支払いが完遂されることが期待できないのであれば、確率に応じた貸倒引当金の計上が求められる。これだけではベイズ的な思考法を導入することに価値が感じられないかもしれない。しかしながら、発送基準、引渡基準、検収基準と複数の売上計上基準が存在することを知っていれば多少は有用性が出てくる。それらの基準は経験的に設定された事前分布の違いによると解釈することができる。

ベイズ的な思考法がいかに会計制度と親和的であるかを示す好例として減価償却が挙げられる。減価償却は、その資産を取得した後に獲得できる総利益を考えた上で、各期の利益額に相当する資産額を費用として計上する行為に他ならない。すなわち、減価償却には将来においてどのように利益が獲得できるかという推論が必然的に発生するのである。

ベイズ的な思考法は、過去の経験に基づき事前分布を定め、新しく得られたデータで更新していくことにより、現時点持ち得る情報に基づく最善の推論を行うという理論的枠組みであるため、このような状況を分析するには非常に適している。

特にソフトウェア会計はまさにその考え方に基づいて設計されている。ソフトウェアの減価償却額は、見込販売数量あるいは収益に基づく減価償却額と販売可能期間の均等配分額を比較し、いずれか大きい額を計上することになっている。これは、各期末の販売状況に基づき、事前分布をベイズ更新していく作業に他ならない。

一方、いわゆる耐用年数表による減価償却は、取得資産が一定期間、同程度の価値を生み出すという事前分布が置かれていることになり、ビジネスに直接影響するような資産取得の場合には不適切だと言えるし、ノートPCの購入のように日常業務に使うものであれば、妥当な想定であるとも言える。

従来の会計学では、この適切、不適切であるという基準が曖昧であった。ベイズを基礎とすることで、最善の推論を行うための事前分布として不適切であるかという新たな基準により評価が可能になる。

会計処理にベイズ的な思考法を持ち込むメリットを示すより良い具体例として、のれんの償却処理が挙げられる。通常、企業買収を行う際は、買収元企業は帳簿価格より高い価格で買収先企業を購入することになる。のれんとはこの差額である。のれんは資産の実態を伴わないため仮想的な資産と考えられており、どのように取り扱うべきかは難しい問題とされている。この処理方法としては、一括費用処理、資産計上し必要に応じて減損、資産計上し一定期間で減価償却の三通りの方法があり、アメリカでは2番目の方法、日本では3番目の方法が採用されている。

ベイズ的に考えたとき、まず買収元企業がどのような予想をしているのか、ということが重要となる。通常、購入に費やした金額以上の価値があるから購入するであろうことは明らかであろう。また、短期間で事業閉鎖することが前提となっているなどの場合を除けばゴーイングコンサーンは前提となる。すなわち、一括費用処理や一定期間で減価償却を行うというのは、最善の推論とは言えないのである。会計的事実の追求を目的とするのであれば、のれんの処理は資産計上し必要に応じて減損することが望ましいということになるのである。

ベイズ会計の良い点はそれだけではない。実際に得られたデータを使い事前分布を更新することで、その会計制度に対する実際の分布との比較が可能になる。例えば、実際の分布では、のれんは数年後に高い確率で減損の恐れがあるのであれば、資産計上とともに引当金を計上すべきということになるかもしれない。

なお、ここまでの記述は、伊津野の思いつきを教科書的に書き下しただけで、ベイズ会計などという言葉はただの造語である(一応、似たような発想をしているものが2つほど見つかったので参考文献として記載しておく)。個人的にはなかなかうまい説明なんではないかと思っているのだけど、どうだろうか。私自身は研究者ではなくこれ以上掘り下げようもないので、興味があれば概念を勝手に拝借して頂いても良いし、別のベイズ統計+会計という切り口で語ってもらってもよいです。卒論なんかのネタにはちょうどいいかもしれないねw

【参考文献】