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hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

キチガイ経営者セムラーの経営手法が超合理的だった件

タイトルには多少語弊がある。このエントリを要約するなら「セムラーという経営者はキチガイに違いないと勝手に思い込んで著書を読んでみたら、あまりにも合理的で驚いた」だろうか。ただ、セムラーの経営手法を知れば、あなたもきっとキチガイだと思うだろう。

セムラーを知ったのは「モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか (講談社+α文庫)」の巻末にある次の紹介文を読んだことにはじまる。

Maverick: The Success Story Behind the World's Most Unusual Workplace

(邦訳『セムラーイズム』ソフトバンククリエイティブ、ほか)

多くの上司がコントロールマニアなのに対し、セムラーは最初の自律マニアかもしれない。彼は、ブラジルのセムコというメーカーを、一連の大胆な改革によって一変させた。ほとんどの役員をクビにし、肩書をなくし、三〇〇〇人の従業員に自分で勤務時間を決めさせ、重大な決断では全従業員に投票を認め、一部の従業員には自分で給与額を決めてもよいと認めた。その結果、セムラーの指揮のもと(あるいは無指揮のもとで)、同社はこれまで二〇年にわたり、年間二〇%の成長を続けている。因習を打破するこの効果的な哲学を、彼がどのように実行に移したか、本書と最新刊『The Seven-Day Weekend』(邦訳『奇跡の経営』総合法令出版)で明らかにされる。 

いやはや、狂気の沙汰だ。普通の企業がベスト・プラクティスだと考えていることをすべてやめているどころか、本当にこれで企業の体が保てるのか疑問に思うレベルとも言える。

ただ、最近の個人的興味として「現在、どの企業でも当たり前のように実施されている施策の中には、実際にはおまじないに過ぎず、必要のないものもあるのではないか」という点があり、このセムラーの本を読めば、そのヒントみたいなものが得られるのではないか、と思ったことから著書を買うことにしてみたのだ。

残念ながら『セムラーイズム 全員参加の経営革命 (ソフトバンク文庫)』の方は品切れ状態になっていた(中古も高い)ので、『奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ』の方を買って読むことにしてみた。

奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ

奇跡の経営 一週間毎日が週末発想のススメ

 

 読んで驚いた。セムラーはなんとキチガイではなかった。それどころか経営学の推奨する方法論を極限まで推し進めた、ある意味「超合理的」とも言うべき経営手法だったのだ。

具体的に説明しよう。

例えば、従業員に自由に時間を決めさせる、という施策があるとする。一見、最近流行りのフレックスタイム制やリモートワーク推進に似たワークライフバランス向上のための福利厚生の話であるかのように思えるが、根本的なところに違いがある。

工場のアセンブリラインにフレックスタイム制を導入したセムラーは「作業現場の基本要件を無視している。アセンブリラインにフレックスタイム制を導入するなどありえない」という批判に対しこのように語る。

 働いているのは、立派なおとなです。そのおとなである作業員が、どうして業務に支障をきたし、自分達の仕事を危うくするような行為をするというのでしょうか?

 ようは、セムラーの施策は究極のモチベーション(内発的動機づけ)向上策にもとづいているわけだ。

現場の人々に任せれば、彼らの中で話し合い、最善の作業時間を自分たちで決めるだろうという発想なのだ。もし、ある従業員が、家庭の事情でアセンブリラインでの時間に合わせられないならば、工場の責任者と調整してもいいし、担当業務を変えてもいい。そもそもセムコ社では、社員自体が自分のやりたい仕事を決めることになっており、会社の基幹業務すら定められていない。自分自身で社内の居場所を創りだすことが求められている。

セムラーはこのようにも言う。

社員全員が、仕事に情熱を持つことを期待してはいけないということです。仕事に情熱を持つ者もいれば、そうでない者もいます。それから、人は時間とともに、それが何であれ、興味を失ってしまうものだということを認識しておく必要があります。 

……すべての仕事が、情熱を持つに値するものではないという現実に目をそむけてはいけません。

 まったくもっともな話だ。この問題を解決するには、たしかに「自分のやりたい仕事を自ら探してくる」ことが最も合理的になる。

社員が、仕事の範囲を自分自身で決めることができるのであれば、仕事に対する満足度はかなり高まります。セムコ社では、社員に、仕事の責任範囲を押し付けることはしません。一人前のおとなとして、彼らは、仕事で何をすべきか理解すると信じていますし、ガイドラインなどないほうが、彼ら自身が自分のすべき仕事の範囲を、試行錯誤しながら学んでくれます。 

 セムコ社では、万事がこの調子だ。経営会議に社員ならば誰でも早いもの順で参加できるし、経営会議の議題の閲覧も業績会議への参加も(清掃スタッフを含む)社内全員が参加できるなど、あらゆることが広く公開されている。ライバル企業と兼務している従業員すら閲覧を許されているのだ。

そんなことをしては、不正が起こるのではないか、と考えるのが普通だろう。

私が思うに、セムコ社の極端な方針がうまく言っているのは、セムラーのリーダーシップにあるように思う。セムラー自身は、この本でも述べられるように、できるかぎり企業への影響力を行使しないよう務めている。しかし、前回のエントリでも書いたように、リーダーに求められるのはビジョンの提供だ。

セムコ社は、セムラーの「社員を信頼せよ、豊かな人生を歩め」というビジョンと行動により、社員を統率している。不正をすれば、その社員が自分の仕事人生に後ろめたさを覚えることになる。そんなバカバカしいことはするな、というのがセムラーの教えだ。セムラーがいちいち指示しなくとも、セムラーのビジョンを是とする社員ひとりひとりがセムラーの代わりとなってセムラーの理想を実現していくことになる。

セムラー社で働けば、最高の職場体験を得られるのに、なぜ悪事を働いてまでそれを捨てる必要があろうか。以前、「Googleから転職したSEO技術者はなぜGoogleのエンジンのバグを突いたSEO手法を売らないのか」、という話題を見かけたが、それを行うことで Google の優れた元同僚達の怒りを買いたくない(し、その手の問題は一時的にしか有効でない)というのがその答えだった。

子供の教育でも何でもそうだが、○○を禁止する、と言われたら誰しも反発するものだ。むしろ、「お天道様が見ている」、であるとか「素晴らしい人生を歩め」、の方がよほど効果があるということだろう。

本書は、セムラーのすごい経営手法だけでなく、セムラーという人の高徳な行動も大変面白かった。たいへん啓蒙的な一冊なので、ぜひ読むことをおすすめしたい。