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hidekatsu-izuno 日々の記録

プログラミング、経済政策など伊津野英克が興味あることについて適当に語ります(旧サイト:A.R.N [日記])

なぜ大企業ではイノベーションが生まれないのか

「大企業からイノベーションは生まれない」の常識は覆せるか?」という記事を見つけたので、それをネタに最近考えていることを書いてみる。

先に断っておかなくてはならないのは、大企業でイノベーションが起きないというのはイノベーションの定義によるということだ。もし、イノベーションを生産性改善と定義するならば、経済学が教えるように、現実のGDP成長率を構成するものの大半は、企業内で生まれるちょっとした業務改善の積み重ねによるものだ。それに、日本の生産性の低さとして指摘される主要な要因として中小企業が多すぎることが挙げられるように、なんだかんだ言って大企業というものは中小企業よりも高い生産性を発揮している。もしかすると、中小企業が合併してバックオフィスを統合するだけでも経済成長率は大幅に改善してしまうかもしれない。

だから、ここで言うイノベーションとは「革新的なサービスを提供するスタートアップ」を意味しているものとして書いている。具体的に言えば、Google検索、Amazon AWSTwitter のようなサービスだ。

さて、なぜ大企業は革新的なスタートアップを生み出せないのか。普通に考えれば、大企業の方が投資できる金額も人材も設備も豊富にもっているわけだから、起業も優位に始めることができるはずだ。これは、大企業病にかかっているからなのだろうか。

私が思うにおそらく違う。その原因は「期待値で考えると革新的なスタートアップを産み出すより現業の方が確実に儲かる」というただ一点にあるのではないか。

最近、新規サービスの立ち上げにちょっとだけ関わっていることもあり、既存の有名サービスがどのようにして今に至ったかいくつか事例を追ってみた。例えば今や40億円の売上を持つ Cookpad にしてもなんと創業は1997年、2004年の時点でも社員数3名、月給も5万円台という状況で、2008年頃までほぼ無名の会社だった。

Googleにしろ、1998年当時、ラリー・ペイジセルゲイ・ブリンGoogleを100万ドルで売ろうとしたが買い手が付かなかった。今や世界のクラウド市場を制覇しようとしているAmazon AWSでも開始は2006年。ブレイクしたのはここ数年だから、やはり成功までは10年弱の月日がかかっている。

先日のSeasar Conferenceにてスマートニュースの浜本さんの成功に至るまでの経緯を聞いたが、一時は破産寸前まで行っており、(成功するための技術的裏付けがあったとは言え)正直言ってそこから成功の要因を見つけ出すことはできなかった。

現在、すでに成功しているサービスを見て、こうすれば成功できるのではと考えるのは「生存バイアス」に侵されている。Amazonが世界初のオンライン書店サイトではないというのは有名な話だが、世間でイノベーションを生み出したとされる企業群の影で実際には多くの企業が失敗し誰の目にも触れず消えている。

ポール・グレアムによれば、スタートアップの成功率は 7% ほどとのことだが、たしかにそんなものだろう。とすれば、今現在10億円の売上を挙げているスタートアップを立ち上げた場合の期待値は7000万円ということになる。大企業であれば、数億円規模の売上のプロジェクトなどまったく珍しくはないわけだから、結果として見ると、大企業はスタートアップに力を入れないのが合理的ということになる。これではうまくいかないのも当然ではないか。

それだけではなく、費用の問題もある。スタートアップであれば、そこに所属する少人数のメンバーは無制限の時間と情熱を安い給料で注ぎ込んでくれる。それに対し大企業がシステム開発を発注する場合、IT系の場合一人月辺り 100万円前後が相場となる。*1Cookpadの月5万と比較するとなんと20倍も人件費が違う。

 設備、人材という面で見ても、会社全体としてみれば、儲かる可能性が低いプロジェクトに割り当てるよりも確実に利益を生むプロジェクトに投資したいということになる。結果として社内スタートアップには十分な資源を割り当てられないことになる。

とはいえ、大企業はスタートアップに投資すべきではない、と考えるのも問題かもしれない。長期的に見ると、大企業とは言え盤石ではない。

経済史家のレスリー・ハンナがビジネスウィーク誌の記事を補強する綿密な研究をしている。ハンナは一九九〇年代後半に、一九一二年時点での世界の大企業のその後の盛衰を一社ごとに追跡する研究を始めた。調査の対象となったのは、数年間にわかって吹き荒れた企業買収の嵐を乗り切った、従業員一万人以上の巨大企業だった。

リストのトップにいたのがUSスチールである。従業員数は二二万一〇〇〇人と、今日の基準で見ても巨大企業だ。この会社に死角は見当たらなかった。世界で最も大きく、最もダイナミックな経済国のマーケット・リーダーで、同社が事業を展開していた業界はいまもきわめて重要な存在でありつづけている。だが、USスチールは一九九五年には世界のトップ一〇〇社から姿を消している。この本を執筆している時点では、トップ五〇〇社にも入っていない。

(中略)一九一二年にトップ一〇リストに名を連ねていたほかの巨大企業のなかに、一九九五年のトップ一〇社に残った企業は一つもない。それどころか、トップ一〇〇社にさえ入っていないのだ。

(中略)偉大な企業というものも、私たちが思っている以上にはかない存在なのである。ハンナが調査したトップ一〇〇社のうち、一〇社が一〇年以内に消滅し、その後の八三年間で半数以上が姿を消した。

ティム・ハーフォード著 遠藤真美訳「アダプト思考」より抜粋

大企業でさえも生き残るためには、革新を産み出し続ける必要があるということのようだ。

*1:JUASの数年前の調査では平均114万円だったと記憶している